「3日で書いた!」(3日で書け!お題:前哨戦に対する極短文レビュー)&第34回文学フリマ東京お疲れさまでした

こんばんは、MondayNightSmokersの賤駄木です。

先日、5月29日(日)に行なわれました、第34回文学フリマ東京、ご来場の皆様並びに当ブースにて書籍をお買い上げいただきました皆様、お疲れさまでした。また、誠にありがとうございました。


当ブースにおいては、6種類の書籍(企画)を持ち込みましたが、総計30部以上をお客様の手に渡らせることができました。皆様本当にありがとうございます。


さて、今回の第34回文学フリマ東京において、実は賤駄木は他ブース様にも寄稿という形で参加させていただいておりました。脊椎企画様というブースだったのですが、文学フリマ3日前にお題を発表し、3日間で参加者が書き上げて寄稿、集まり次第印刷発行という企画に、賤駄木も末席に参加させていただきました。



以下、参加させていただきましたご恩やご縁をこのまま無碍にするのも惜しいと思いましたので、ごくごく短文ではありますが、(ほぼ)全作品に対しましてレビューをしてみようと思います。弱小ユニットの、ネットの片隅ブログですので、あまりご覧になる方はいらっしゃらないとは思いますが……


ネタバレや過度な引用は極力避けたつもりですが、もし当記事をご覧になったほかの寄稿者様の中で、掲載の削除をお求めの方は当ユニットのTwitterアカウントまでご一報くださいませ。また、素人創作家でしかない私が偉そうにもレビューするという無作法をお許しくださいましたら幸いです。


それでは早速参りましょう。



前哨戦 夢沢那智

 ポストアポカリプスの静かな世界を幻視させる詩とお見受けした。果たして誰の視点で語られているモノローグなのか、あるいはホワイトボードに問いを書いたのは誰なのか、どこか謎の残る形で語られ、読者は収まるべきところなく、ただ傍観する以外にない、どこかさみしい作品なように思う。



脱走 原浩一郎

 脱走、というタイトルや言葉のチョイスから戦争(あるいは何かしらの闘争)から逃れた者の詩とお見受けした。全体の印象として湖や沈んでという言葉や塹壕などの言葉から、地面よりも下の階層で語られる(この言葉は適切でないだろうが)鬱屈としたものを感じた。



Life goes on これ

 失恋の悲しみを癒そうとする人との会話劇の散文(小説)。前半で水、音、目の前の相生という人物に言われたことのすべてに対して拒否反応を示していた主人公が、後半になるにつれてその心がほどけていき、最後にはパンケーキの味を噛みしめ感じることができるという変化に妙を感じる。



(前哨戦・男泣き・こちょこちょ) よしおかさくら

 時系列を追うように年齢を重ねながら、状況や考えなどが変化していく様を描いた散文(小説?)。前半の飛ぶように過ぎる時間の流れに対して、後半の時間の流れに長く文章を割いており、それをなお前哨戦という表現で落とし込むところに妙があると踏んだ。その後の人生をも想像させる作品である。



武者震いかどうかなんて知るか 神野美記

 何かしらの戦いに赴く前の気持ちを詠んだ詩。勝手な想像として、これは人生の節目節目のあらゆるものへの比喩的な表現であろうと邪推した。いつだって本番しかない、という語りはまさしくそれへの表現で、前哨戦というものを日々(あるいは人生)の前進の一つであるとする目の付け所が妙であろう。



落ち込みながら、光ればいい 星野灯

 過去の日記というものからの連想という形の詩。日々すべてはその次の前哨戦であるという表現(着想)が極めて妙がある。不完全であることを、恐らく視点者の中学時代にはかなり深刻にとらえていたのだろうが、その後の成長を経て現在の視点者はその不完全さを前向きに捉えているのがどこか救いなのだろう。



トーキョー・ロックンロール 横山睦

 ディーアイ、弱者の一撃、という単語などからオマージュを感じさせる散文(小説?)。タイムマシンの影響であだ名呼びが法律で禁止される、というどこかSF的なニュアンスを冒頭に据えながらも、書かれていることは極めて内省的かつ主人公の視点からであり、その視界のある種の狭さに好感が持てる。



本戦に備え ケイトウ夏子

 抽象的な情景を具体的な言葉で表現することでそのギャップに妙を感じる詩。とらえどころのない作品のようにも感じるが、序盤と終盤に黄という色が印象的に描かれており、文章校正として出発と着地のリンクがあることで、読者として読後に、放り出された感を抱かずに鑑賞することができる技巧とお見受けした。



静かな乱闘 平間みなの

 掌編小説として規定の長さにまとまっているものとしては、事態の動き、また感情の動きの描き方が秀逸であろうと思う小説であった。タイトルの通り、出来事としては極めて静かであるが、しかし緊張感が読者にとって終始抜けないあたりはよくよく練りこまれた作品であろうと邪推する。



手を入れる 羽田恭

 一連の動作として牛の出産を捉えるのではなく、そこを分割し牛が出産する前の周囲の介助を前哨戦としてとらえた散文(詩?)作品。全体として緊張感があり、後半の動いてる、という表現から、ここまで前哨戦、さあここから本番という起点として描くあたりに妙があると感じた。



まぼろしの前哨戦 入間しゅか

 どこか叙情的な感性を描いた詩作であると推察する。ぽろぽろと転がりうるまぼろしの前哨戦というものが何を指し示すのか察しきれなかったが、旅の果ての一人という表現やドミノという比喩表現から、感情的なものよりも比較的地に足の着いた人生に近いものを示しているのではないかと邪推する。



野望のためにできる事 ぴょん

 落としどころまで含めて制限された文字数の中である種の完結を見ている掌編小説。食事という行為を細やかに表現した上で、そこに時間の流れをじわりじわりと感じさせる筆致にこそ妙があると感じた。ライトな書き方ではあるが、しっかりと情報を盛り込み、読み応えのある文体である。



俺たちの戦いはこれからだ 喜多村雪景

 道場破り、という時代性を感じさせる掌編小説であり、描かれている状況が極めてよくまとまっている。既定の長さの中で出すべき情報を精査されてきた結果であろう。物語としては先々に広がりをみせるラストといい、何か物語の序章としての役割なのだろうと邪推する。



前蛸戦 あさとよしや

 前哨戦、という言葉に迷う散文(エッセイ?)作品。卑近な事態とはいえ、かなり追い詰められて絶望的な状況下でも、どこかユーモアと余裕をもってして事に当たる主人公の姿勢には好感が持てる。最後にオチがしっかりとつくのだが、最後の最後の数文字がいかにも意味深。



あかいめ いけだうし。

 どこかうしろめたさのようなものを感じさせる詩。言葉の一つ一つの選択がどこか不穏さというか、視点者にとっての悔悛を感じさせるのは私だけだろうか。結局のところ、最後の四行にて書かれていることが本作全体への印象であり、作者自身の狙いでもあろうと邪推する。



麻雀人生前哨戦 月ノ音姫瑠

 目の前の麻雀の状況に注視し続けている散文(詩?)作品。麻雀をしているということはその同じ場に他者が存在すると想像されるが、本作では一貫して視点者の描写と内省にこだわっている。極限までマインドフルネスに目の前に注視していたところ、最後の四行で世界観が広がりを見せているように感じた。



私の狼さん レモネードサワー様(Twitterアカウント見つからず)

 手垢のついた表現ではあるが、ホラーテイストいえるであろう詩。狼さんという存在をイマジナリーフレンドとしてとらえるべきか、それとも病的な幻覚の一つとしてとらえるべきかは読者にゆだねられているのだろうが、最後の一行といい、事態そのものは現実に地に足をつけている印象を受けた。



部屋 小林素顔

 作中の光景がありありと浮かんでくるほどの表現を用いながらも、しかし詩情を含んだ文章に仕上げた詩。一行の長さを統一した目を引く構成もさることながら、内容として最後の三行が悲壮な印象を受けるほど決意に満ちたものに見えるのは、それまでの文章の中で積み重ねられた情景が功を奏しているのだろう。秀作とお見受けした。



掃除 病氏

 掃除をする、という行動を描写した散文(エッセイか小説か)作品。読者にとって経験がある、あるいは容易に想像のつくような描写・内容が続き、読み進めるうえで障壁のない文章にまとまっているように思えた。ごくごく個人的な突拍子もない邪推だが、最後の一行が、どこかホラーめいて思えるのは気のせいだろうか



幸せの戦いはまだここから 七色

 視点者がどういった背景なのかをぼやかしたような印象を受ける詩。内に籠る姿勢に対し、それに甘んじず外へと出ようとする行為とそれ自体、あるいはその後の事態を戦いを表現しているあたり、本当の戦いとの遭遇をどこか期待をもって今を過ごしているのではないか、という印象さえ受けた。



遠足 妻咲邦香

 どこか謎の多い描写に溢れた詩。妹は果たして遠足から帰ってきたのか、それとも風邪で休んだのか。そもそも僕と妹は明確に区別されているのだろうか、など作中描写だけでは読み解ききれないものが多いが、ひたすらに全体を通していち読者として読み取れるものがあるとしたら、それはどこか徒労にも似た諦観であった。



蜜の味も分からず stereotype2085

 章分けこそされていないものの、明確に前・中・終盤に分かれている印象を持った詩。最後の一行には、どこかその先へと広がる、この一遍に収まらない世界や時間の流れが見て取れる。最後から二行目の一文も、どこかドライな印象を与え、彼女のどころか、視点者の精神構造もまた捉えどころなくしている点には妙があると思う。



蚕蛾―交雑\motion 元澤一樹

 スラッシュ記号を基点に視点者(あるいは語り口)が切り替わる手法を用いた詩(?)。後半の短文によるスラッシュ記号を隔てた畳みかけのような文章が見どころの一つであろう。続きのある作品として提示する点は、この中におさめるべきというものと広がりがあった方がいいというもので賛否あるのかもしれない。



カッパのアヤの前哨戦屋さん 大正躑躅

 物語調の詩とお見受けした。前哨戦というものがなんであるのか、その正体を明かさないままに、我々が知っている前哨戦とは違うものを焼き提供する。しかし最終段落において、ぞっとするみたいなやつ、という表現には、どこかおや?我々の知っている前哨戦自体を焼いているのだろうか、というどこか気持ちの面の揺らぎすら覚えさせる、ただの牧歌的な詩ではないという印象を受けた。



人間≠ヒト 七辻雨鷹

 自然拡大化という出来事ののちの世界を詩的に描くポストアポカリプス系の作品とお見受けした。自然や動物というものが明確な敵になった世界で、どこかその価値観とはずれた、前時代的な自然への憧憬を抱く主人公の感傷は極めて胸を打つ。



炸裂 amane

 シンプルに描かれた詩である。右ストレートという単語などから何かしらの格闘技の描写なのかとも思うが。最後の二行を鑑みるにそう単純な描写による作品ではないようにも思う。



U-19女子歌合/初夏戦/準決勝前/舞台袖にて 采目つるぎ

 女性同士の恋愛観が描かれた、いわゆる百合系の掌編小説。歌合という古典的な競技における、その舞台袖での駆け引きを描く。どこか緊張感が溢れる描写が続いていくが、最後の一段落を読んだとき、いち読者として読後感が主人公の感じているものに近い、何かしらの満足感を得る、そんな作品であった。



はつなつさん 高嶋樹壱

 なんの競技であるかは明言しないまでも、何かしらのスポーツを詠った詩であろうと思った。はつなつさんと出会い、過ごすうちに次第に視点者も変わっていったのだろうと思う。最後の一行がとても叙情的でもあり叙景的でもあり、秀逸に思えてならない。



アイ色の染まれ サンシ・モン

 自分勝手なようで、しかし逆に影響されていく、という過程が胸をすく恋愛掌編小説。色に染まったのは果たしてどちらなのか。そして登場人物名が全てカタカナなのも技巧的に機能していて、オチもちゃんと着く。掌編小説の中で完結するものとして、極めてよくまとまった作品であろう。



前哨戦などない りか様

 吐き捨てるように綴られる散文(詩?)作品。鬱憤のたまっている視点者のその吐き出し方が痛快。前哨戦というテーマに対して全面的にその存在を否定してかかる姿勢など、非常に素直で感情的な文体に魅力を感じる。



ぱすてる 鈴木歯車

 抽象的な描写によって綴られた詩の作品。ごくごく短い作品ではあるが、漢字表現している単語とひらがな表現している単語とのアンバランスさがどこか不穏な印象を読者に与えてくる。これもまた作者にとっては狙いなのだろう。前段はどこかモノクロ、後段に色が満ちてくるあたりも狙いであろうと邪推する。



恋する阿修羅の夜は長い ベンジャミン四畳半

 恋愛ものの掌編小説。タイトルから想像した物語とはまったく違った設定と流れにどこか驚きと笑みを隠し切れなかった。恋愛系の前哨戦というとどこか個人の中に納まりがちな印象があるが、これは確かに前哨戦である。見事。



えにぐまてぃっく・はあつ はままつ君

 掌編小説としてのまとまりはよく、しかもオチもちゃんと着いているあたりに好感の持てる作品。冒頭からラストまでよどみなくまとめるのも一つとするならば、このような最後の三行で裏切ってくる作品もまた、掌編小説の表現としては巧みであるとして間違いないだろう。



うるわしのあわ シーレ布施

 抽象的な印象を受けるのだが、一つ一つの単語は具体的であるという対比に魅力を感じる詩。最終段落の描写がどうしても気になり、やはりどこか不穏さを隠しきれていない(あるいは作者にとって隠す気がない)ため、読者としては浮足立つような不安感を抱く巧みさだった。



 柔らかく煮る 清水恵利子

 柔らかく煮られた中華粥と、どこか柔らかく解けていく主人公の姿勢や生活が絡められたタイトルなのだろうか、と推測した掌編小説。穏やかな表現で綴られた文体と、向かいの住人に起きた事など、時世も上手く絡めて上等にまとまっている作品である。



ノン・タイトル・マッチ 霜月セイジ

 手紙を出すという行為を何かしらの戦いとして据えたときの、その前哨戦と銘打ったエッセイである。語り口は真摯であり、言葉を紡ぐということに対する真面目な姿勢が見て取れる。その先の戦いに幸あらんことを願ってならない、そんな観戦者の一人としての読後感であった。



コンテスト 空川億里

 超知的生命体による実験的な物語を描いたSF掌編小説である。人間は愚か、という一言に尽きると思うが、すべては高度な超知的生命体の手のひらのうえでのコンテストに過ぎない、という設定は実にむなしいものがある。そんな淡々とした文体である。



終わらない 天明福太郎

 格闘ジャンルにされるであろう掌編小説。主人公としては当事者以外の何物でもない命のやり取りを、主人公自身がどこか俯瞰してみていて、いつか来たる前哨戦の次、というものに期待を寄せない、というあたりが発想として巧いと思える作品であった。



銀河の四畳半 まほろば

 銀河の中の四畳半という空間を前哨戦になぞらえた詩。どこか諦観をまとった視点者による独白かど思えば、最後の段落で吐き出すように出てくる言葉こそが本音なのだろう。最後の二行もどこか虚しさが残る。最終段落にこそ本作の詩情が詰まっているのだろう。



たたかいのまえのたたかい 渡辺八畳

 なにか視点者は目の前の出来事やそこから出てくる感情に対して俯瞰的である、そんな詩。最後から二行目のあたりは、とても残酷なようで、しかしそれは誰しもにとっての他人事という名の素直な感想なのだろう。



簡単にではありますが、以上です。短文を心掛けたつもりでしたが、すべての作品を通じてみると意外と長かったですね。この末尾までたどり着けた人が果たしてどれほどいらっしゃるでしょうか。


ちなみに、今回レビューしました皆様の作品がまとまっている「第34回文学フリマ東京開催記念企画 3日で書け! テーマ:前哨戦」は現在BOOTHというサービスを用いてオンライン販売中とのことです。気になる方、見てみたい方がいらっしゃいましたら、リンクを踏んでみてください。200円で販売されています。


さて、最後となりますが、弊Monday Night Smokersの次の企画予定ですが、6月中に一度、ビブリオバトルもしくはボードゲーム会を開きたいなぁと考えております。人数の集まり次第ですが、できればそろそろリアル開催のビブリオバトルがしたいですね。まぁあまり動員が見込めないので、なんだかんだと言ってボードゲームあたりに軟着陸するとは思いますが。


改めまして、皆様文学フリマ、お疲れさまでした。次回秋の東京開催も申し込みが始まっている模様です。弊ユニットは参加するかどうかまたしても二の足を踏んでじたばたしておりますが、参加に前向きな方は抽選が発生する前に申し込まれることをお勧めします。


それでは、また。


賤駄木

マンデー ナイト スモーカーズ

MondayNightSmokersという、団体とまではいかない集団を2017年から細々と旗揚げしてやっております。不定期になんかする団体です。ボードゲームとかTRPGとかビブリオバトルとか

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